鎌倉と島津氏の深いつながり
幕末維新の政略結婚で有名なのは何といっても孝明天皇の異母妹・和宮が有栖川熾仁親王との婚約を破棄して十四代将軍・家茂のもとへ降嫁したことである。
そして、その和宮の姑にあたる天璋院篤姫もまた幕末の動乱期であるがゆえに、政略結婚を強いられた女性であった。
天璋院は薩摩藩主・島津斉彬の叔父・忠剛の女として天保七年(一八三六)に生まれ、名を於一といった。
そして、病弱な十三代将軍・家定への不安感から将軍継嗣問題が浮上しはじめた。
於一が成長したころの日本は穰夷論がにわかに激しさをましつつあった。